今、音楽といって、まず最初に「雅楽」を思い出す人は、少数の方だと思います。「雅楽」は、中国で音楽が政治と非常に密接な関係を持つと考えられていて、これは朝鮮、日本においてもそうですが、「雅楽」は、まつりごとと密着しています。日本の雅楽をやる人たちも、基本的には、「宮内庁」に所属しています。
これは、音楽というより、政治の道具としてあるだけで、一般庶民が、楽しむものではなかったので、広く親しまれる物ではありませんでしたし、宮中で行われたものですから、庶民がその内容を知ることはありませんでした。
いわゆる、庶民的な「民謡」、英語で言う、「フォークソング」というものは、まず、音楽を楽しみとする人がいた事と、歌だけでは、うまく調子が合わないために、みんなの調子を合わせるために、楽器が発明されたのです。
その後は、楽器の発達とともに、音楽の進化が始まっていくのですが、今の人類の音楽の主流となるものは、どこからスタートしたかというと、これは、どうやらアラブ世界のようです。
もちろん、アフリカには打楽器を専門にする音楽の文化がありましたが、黒人達の文化には、あまり「音階」という概念が無く、また、この音楽も、のちにジャズなどに大きな影響を与えるのですが、もともとは政治色の濃いものであって、儀式などに用いられるのであって、人々の楽しみ、というのとは違います。
現代の音楽のほとんどが、西洋の音楽ですが、もともと西洋の音楽といっても、古代ギリシャや古代ローマにおいて行われた音楽は、アラブ世界のものを持ち込んだに過ぎません。おそらく、アレキサンダー大王以降のことと思われます。
では、今では、マイナーになってしまっている、アラブの音楽ですが、意外な所にたくさん満ちあふれています。
まず、ある年代より上の人なら、必ずは一度は体験している、フォークダンス。「オクラホマ・ミキサー」とかありましたね。この時に使われる音楽で、定番化しているものに、「マイム・マイム」があります。
この曲を聴くと、なんかエキゾチックというか、ちょっと変わっている、ということに気付かれた方も多いと思います。
実は、「マイム・マイム」は、イスラエル民謡で、イスラエルというからには、ユダヤ民族の曲なのですが、地域的に見て、ユダヤ民族といっても、基本的な音楽の要素はアラブ世界のものと同じです。
また、「女子十二楽坊」がヒットしましたね。これ、中国の音楽、ということになっていますが、中国において、「雅楽」以外の音楽というのは、全て「胡」から持ち込まれたのであって、「胡」というのは、えびすという意味の漢字ですが、もともとシルクロードを渡ってくる、西域(中国から見て)の商人や移住してきた人々のことをさします。
彼らは、商業を生業にしていましたが、西域の音楽をたしなむものが多く、中国の庶民に、「胡」の音楽が浸透していった結果、中国の音楽で民衆に愛されたものは、ほとんど西域から持ち込まれたものであって、中国に昔からあったもの、というより、シルクロードを通じて持ち込まれた音楽が、中国で独自の発展をした、というものです。
これは、西洋音楽が、アラブ世界の音楽を基本として、形作られたのと同じ現象です。その証拠に、「女子十二楽坊」には、中国独自の楽器というのは、極めて少ないです。
もちろん、西域から持ち込まれた音楽で使われていた楽器が、中国で独自の進化を遂げた、ということもありますが、中には、そっくり、というより、そのまんま、というのもあります。
「揚琴」などは、まさに、「そのまんま」です。アラブの楽器に、「サントゥール(Santur)」というものがありますが、まったく同じ楽器といっていいでしょう。
「サントゥール」というのは、弦をバチで叩いて音を出す楽器で、あらかじめ弦の音程というのは、決められているので、たくさんの弦が張られています。既に音程が定まった、弦を叩いて音を出す、つまり、サントゥールがヨーロッパで進化したのが、チェンバロであり、その最終形が、ピアノなのです。
また、竪琴、ギターの原形もアラブにあり、これは、西洋に渡ったものは、ギターの先祖に当たる、リュートになったり、インドや東南アジアに渡ったものは、「シタール」のようになっています。
さらに、「ベタ」なイメージとして、なんか怪しげな笛を吹くと、壺の中のコブラが出てくる、というのがありますが、この時に吹いている笛、というのは、オーボエの原形です。
あと、身近なアラブ音楽としては、「コーヒー・ルンバ」、純粋なアラブ音楽ではありませんが、ヨーロッパの音楽、というよりは、イスラムの影響が強いのが、「フラメンコ」です。
音楽のルーツは、ほとんどがアラブにある、といっていいでしょう。
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